MAPPI by t.frtm

　また、やわらかな風の揺蕩う朧月夜の夢の中にいた。

　彼の名は、マッピ。何故、自分の名前がマッピなのかは、覚えていない。いやそれ以前に、マッピであること、それ以外の全てが、どうやら思い出せないでいるらしい。

　マッピはゆっくりと、それはそれはゆっくりと、幼子が折り紙とマスキングテープで工作したモニュメント程に曖昧で不確かで儚い大地を踏みしめる。コントローラブルとアンコントローラブルの境界線。接地面を起点とした振動は、悠久なるガンジス川よろしく緩やかに肉体を登る。膝、腰、丹田から首筋、やがて頭頂部をも通過。体外へと放出されたそれは一陣の風となった。その風は意志を持ち、マッピを先へ、先へと導いた。


　辿り着いた先は、人が生活を営むにはあまりに素朴で、だがしかし空き家としては有り余る程のお洒落偏差値を有していた。一体ここは、何なのだろうか。気がつけば、視界には自分とよく似た生命体がいくつか蠢いていた。目があったそれに対し、マッピは対話を試みた。

<その場にいる誰かを捕まえ、会話をする。一般的な世間話。天気とか、ニュースのこと>

　しかし一つとして、マッピには理解することが出来なかった。言葉が理解できなかったのではない。彼は自分より学歴の低い人間、つまり専門学校含む高卒以下の人間との会話において、その場限りの会話を成立させることは出来ても、記憶として残すことが出来ないのだ。結果として残るのはただ会話をした事実のみである。
　マッピは開口一番に学歴を尋ねるような無礼な男ではない。無論、相手からの申告無しに学歴を知り得る手段なども有していない。学歴の峻別は、ただ彼の主観のみである。

　そこでマッピは、自らの内部における異変に気がついた。身を焦がすほどの渇き。欠乏した野生のエネルギー。一体いつから食事をしていないのだろう。そう、彼は極度の飢餓状態に陥っていたのだ。ぼやける視界。とにかく、何か口にしなければ。

<一人芝居。店に入って食事をする。注文から会計まで(一人二役)。>


　しかし、マッピにはたった今口にしたそれらの味を理解することができなかった。味覚の問題ではない。彼の脳は、アムウェイを経由した食料品でなければ、それらをどれだけ咀嚼したとしても、味を認識することが出来ないのだ。結果として残るのは、ただ空腹を満たし、上昇する血糖値のみである。
　だが、彼はそれで満足であった。食事とは、アムか、ノットアムかの二元論で構成されており、好きか嫌いか、高級か否か、カロリーとか糖質の高低、ヴィーガンだとかは、全く預かり知らないことなのだから。

　腹を満たしたマッピは、一息ついてポケットからタバコを取り出した。深く深く煙を胸いっぱいに吸い込む。いつのまにか日は暮れ、頭上には千のタンバリンを打ち鳴らしたような星空。それらを燻らせるように、煙をゆっくりと吐き出す。

<もしタバコがあれば。なければジェスチャー。噛み締めるようにタバコを吸う。>
　
<以下、二人で寸劇>

　古富『あの、ここ！路上喫煙、禁止ですよ！』
　(無言ですぐにタバコを始末し古富を睨むマッピ)
　マッピ「いや、吸ってないんで！！」
　古富『吸ってたでしょ！僕見て、』
　マッピ『今は吸ってないんで！！』
　古富『今はってゆうか、、』
　マッピ『いやもう、吸ってないんで！吸ったことないんで！！』
　（食い気味に否定を繰り返す）
　古富『も、もういいです。』
　
　勝った。完全に、論破した。相手を打ち負かしてやった。えもいえぬ快感がマッピの全身を稲妻のごとく突き抜けた。
　その衝撃は奥底にあった遠い記憶を呼び覚ました。そうだ、マッピとは、他が為に自らを犠牲にすることも厭わぬ、誇り高き勇者に与えられる称号であり、金色に輝く魂の色の名前だ。
　

<以下、二人で>
（背を向け合う）
マッピ「いつも誰かが、僕の名前を呼んでいる気がしていた」
古富『思い出せないその声は、近いようで、遠いようで』
マッピ「夏の終わり、フッと胸を撫でる冷たい風」
古富『眠れない夜、延々と読み耽った異国のニュース』
マッピ「いつの間にか、僕たちが無くしてしまった落とし物」
古富『拾い上げた手はひどく汚れて、でも燦然と輝いていて』
マッピ「それは」（振り向きながら）
古富『それは』（振り向きながら）

二人で『あなたの鼓動だった/私の心だった』

BLACK ROOM

本州最南端山口県は県都•山口市に存する漆黒の部屋より、あなたまたは虚空の彼方へ

artist:
nulye
全員かかってこい
t.frtm
Too Many Silver Tooth

BLACK ROOM
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